箱とラジカセとぼく

思ったこととか思ったこととか書きます。くだらないことしか書いてないので気をつけて読んでください。記事に関する意見はTwitterでも受け付けてます。ID:@senedesumusu

方法の話

おはようございます。僕です。

「努力の仕方は人それぞれ」って話です。

 

僕はニコニコのブロマガでクソアニメの感想やなんかを書いているんですが、そこのコメント欄でレスバトルされたのでちょっと考えました。

 

元々の発端は僕がなろう小説に対しての感想を書いてたら、作者さんがコメント書いてたら他の読者の方とバトってて若干荒れてる状態になったって感じです。クソめんどさい。

Twitterでやれーーーーーーーーー!!!!!!!クソッタレがぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!

 

しかしその中でも興味深い論議をしていました。

「努力はどうするべきか」ということです。小説を書くための努力はどうするべきなのかって話です。

関係ありそうなので良かったら他のこちらの記事もご覧になった上で読んでください。

 

senedesumusu.hatenablog.com

人によって努力の仕方は様々

人はどうやって努力をするべきなのでしょう。

例えば小説を書くとき、まず最初に何をすべきなのでしょうか。

僕は基本的に頭に思い浮かんだプロットを自然に読める形になるまで書いては消すことを繰り返して小説を書いています。これが正しい努力なのかどうか、僕にはよくわかっていません。でも今まで小説で痛烈な批判を受けたことはないので、なんとか読める形にはなってるのかなと思います。

 

他の方はきっと違うと思います。「ただひたすら書き続ける」「指南書を読む」「誰かの批評を受けて修正を続ける」と、どれも『正しい努力』だと思いますし、どれが誰に合ってるかなど誰にもわからないと思います。

「これをすれば間違いない!」っていうのは人が成長する上で絶対ないでしょう。もしあったらマジでテンプレにハマった優等生が量産され、社会は既に素晴らしい人間に満ち溢れて僕みたいな人間は淘汰されているはずです。まだ死にたくない。

 

僕のニコニコのブロマガのコメント欄ではバトルが勃発して「場外乱闘してくれ」って気持ちでいっぱいですが、「文章力をつけるならこうすればいい」ってところには引っかかったので書きました。

 

「頑張り」は免罪符になり得ない

コメントでは「頑張ってないみたいに言わないでください!」という作者さんの悲痛な叫びがコメント欄にたくさん見受けられて悲しくなってきます。

だって「頑張った結果」が出なければ他人からは「頑張ってないように見られる」からです。結果が伴って初めて努力を認められるのが社会です。学校で「頑張ったことを評価される」のは努力をすることに力を惜しまないようにする教育の一環です。どれだけ裏で頑張ったとしても、それが結果に現れなければ「お前は今まで何をやってたんだ?」と言われても仕方がないことだと思います。

だって他人は「結果を見ることでしか評価できないから」です。結果の中で努力を認めることはあっても、「見えないところの努力」を評価しろというのは流石に無理があります。だって見えないんですもん。

 

 

まあ、でも色々な「努力不足がある」というのも書いておきたいですね。

上の僕のツイートのように、単純にクオリティを上げるための努力が不足してた(努力の仕方が間違ってた)か、作品のクオリティが上がっても認知されるために広報をする努力が足りていないせいで評価もろくに受けられなかったり。自分の言動や行動に気を使う努力を怠ったせいで作品にまで評価が響いてしまったり。

色々な「不足」があります。今回はどれに当てはまっているのか、僕たちはどれが不足しているのかというのを一度落ち着いて考えてみましょう。

創作活動で大事なことは「自身が落ち着くこと」「自分の創作に自信を持つこと」です。それが不足していたらもう何もかも続きません。創作でモチベーションを保てませんし、作品の中で何かを間違えていても気付くことが出来ず結果としてクオリティが上がらないクソスパイラルに陥ります。

 

人の意見を飲み過ぎるな

僕は普段人に意見できるほど偉い人間じゃないんですが、たまにネット上で「人の意見を鵜呑みにしすぎてその人本来の作風がめちゃくちゃになって方向性を見失った」という可哀想なモンスターを見かけます。

そういう人の意見を鵜呑みにしすぎる人は、「自分の作品に必要なものが何か」という大切なことを自分の脳みそから排除してしまい自分が何をやりたかったのかを忘れている可能性があります。そういう人を見たら僕はコミュ障で指摘出来ないので誰か言ってあげてください。

創作で大事なことは「自分の作品に自信を持つこと」ですが、客観的な意見も大切です。自分が見えていないものが他者に見えてることはよくあることです。しかし、作品を作る上で「大切にしていること・こだわり」みたいなものはあると思うんです。それを忘れては土台を失っていることと同義です。そうなったら後は倒れて終わりです。完。続編なし。

そうならないために「落ち着くこと」と「自信を持つこと」が大事になってくるんです。そういうことです。

 

 

うまいこと締められないので東京メトロ東西線のドアの閉まる音をやります。

プスゥゥゥゥ………ゴゴーゥアッ

距離感の話

たとえインターネット上でも節度を持った距離を保ちましょうねって話です。

 

 

おはようございます。僕です。

新年度も始まり、新社会人さんや進学した学生さんたちが張り切るこの時期、いかがおすごしでしょうか。僕は会社の大量発注に喘ぎ、満員電車の密度が増して大変殺伐とした精神状態で生きています。

 

そんな僕を癒してくれるのがTwitterなんですが、最近少し頭がアレな方に絡まれて色々と考えたのでそれを書いていきたいと思います。

 

Twitterのフォロワーだろうが基本は「他人」

見出しに書いているようなことを、基本的にTwitterユーザーの方は理解しているはずなんですよね。だってそれを理解してみんなインターネットを使ってるわけですから。だから「FF外から失礼します」みたいな文言が生まれるわけです。

 

でも時たまそれを全然わかってない 「最近インターネット使い始めた中学生かよ」というような人が出てきます。

いきなりリプで「だよね〜wwww」って何の実りにもならないこと言ってきたり、「◯◯じゃんw」みたいにいきなりタメ口きいてきたりする人のことです。

「知らない人には敬語を使え」って大人に習わなかったんでしょうか。もしそれを大人がやっていたりした日にはもう「来世からやり直せよ」と言って脳髄にナイフぶっ刺して正気に戻してあげたいですね。初対面の人に対していきなりタメ口聞くやつは大抵表面上の付き合いばかりの薄っぺらい友好関係を築いてヘラヘラして人生を過ごしてきたバカです(偏見)

「初めてリプするんだったらとりあえず適切な距離感を掴むために敬語を使え」って思うわけなんですよね。これが出来ない人はとりあえずインターネットやめて動物園かサバンナか精神病棟の檻の中に帰ってください。帰れ。人と関わろうとするな。

 

あと見出しの内容とは全然関係ないんですけど、Twitterで人とリプ飛ばしあってる時に横から僕も相手も二人とも巻き込んだリプ送って途中参加してくる奴とか他人に送ったリプ勝手にふぁぼるやつ、脳みそにウジが湧いてるとしか思えませんよね。デリカシーがないんでしょうか。死ね。不愉快。

 

人の意思を汲め

閑話休題に入りますが、僕はある日Twitterをやっていました。そしたらいきなり知らん人がフォローしてきたからフォロバしたわけです。そしたらその人、人がリプ飛ばしてるのにそのリプライふぁぼってきたり勝手に参加してきたり一つ一つのツイートにどうでもいいタメ口リプ送りまくったりと「絶望的に自分が嫌いな人種」だったんです。他の人はともかく僕は最強に嫌いなタイプ。

それで僕が「黙れ。二度とリプを送るな」と言ってもさらにタメ口リプ送りまくりだったので「いい加減にしろ、死ね。リプを送るな。そして初対面の相手には敬語を使え」って言ってたら相手がキレ始め、「テメー出てこいやコラリアルファイトじゃ」とか言ってきた上僕のプロフィールスクショして晒し始めたので、さらにそれをスクショして晒してたりしてました。そういう喧嘩してたんです。最終的に相互ブロックして終結したんですが、これを踏まえて僕は色々と考えることになってしまったわけです。

 

まず、僕は上記の「なんでもないようなツイートにリプを送りまくる」「人とのリプをふぁぼる」「初手リプライタメ口」という人と関わったことがないのかと思うようなコミュ障キラーリア充人間が大嫌いです。なんなんだ。全部にリプ返してもらえると思ってるのか?バカか。Twitterやってる人間が全員人と話ができる状態だと思うなよ。疲れ切った中Twitterやってて「おいしそ〜^^」みたいなクッソどうでもいいリプ見たらリプライ飛ばした奴の首刎ねとばしたくなるに決まってんだろ。疲れてんだこっちは。死ね。

「人が嫌がってることはやめろ」と前の記事で言いましたが、その意思を汲めない人間はさっさとインターネットやめて洞穴の中でロウソクの火でも見てろって感じなんですが、残念ながらバカにも平等にインターネットをやる権利が与えられてるのが現状です。こういった社会のせいでどんどんインターネットリテラシーは低下し、人が人を傷つけ合うのが簡単になってしまいました。全部バカのせい。全員打ち首獄門にするかバカだけ集めた無人島を作って殺し合いをさせるべき。

 

senedesumusu.hatenablog.com

 

とっととブロックしなかった僕もこの喧嘩の起こる原因の一端だとは思います。

でも久しぶりに死ぬほど嫌いな人種が絡んできたのでちょっとテンションが上がって喧嘩してみたくなったんです。「怖いもの見たさ」という人間の性はどうしようもないものですね。トホホ。

でもそういった喧嘩が発端となり、僕は「人を気遣うところからコミュニケーションは始まるんだなぁ」と思いこの記事を書いているわけです。人生はどう転ぶかわからないですね。

だってどう考えたって上記の僕の嫌いな人種、「人を気遣う」って気ゼロでしょ。自分が思ったこと人に投げまくってるんですよ?相手の気持ち考える気なくないですか?それで「相手の気持ち考えてる」って答えるやついたらどう考えてもキチガイなんで脳外科手術で前頭葉カットしてもらうしかないです。早くドイツ軍の実験台になってくれ。

 

みんなでたのしくインターネットをつかおうね!

突然幼稚園児向けの交通安全を促すスライドショーの1ページ目みたいになってしまいましたが、僕の言いたいのは要するにそういうことです。

僕らはみんな人間ですが、みんな「違う人間」です。たとえ家族だろうが何だろうが、「100%通じ合ってる人」はこの世に存在しませんし、存在するとしたら確実にテレパシストです。それを分かった上でみんなこの現実世界を生きてるんでしょう。

しかし、度々「私が楽しいと思ったものはみんな楽しいと思うに決まってる」と一方的に決めつけ人の好みを完全無視する人間が出てきます。そういう人ほど批判されると自分を棚に上げて「これが好きな人だっているのに!ひどい!」みたいなことを言います。率直に言って死んでくれ。

 

「みんな価値観の違う人間なんだ」ということを意識した上で話し、「こういうことは言っちゃいけないかな」「これは言っちゃいけないんだ」と話す中で探り合っていくのが一番平和で理想的なコミュニケーションなんです。

話すのが苦手な人にガンガン話しかけていって「通じ合ってる!」と思うのは大きな間違いですし、それに気づかない人は正真正銘バカです。殴って教えてやりましょう。バカのエゴに付き合わされたメンタルが弱い人は潰れてしまうかもしれません。それはとても辛いことですし、本来回避されるべきことなんです。コミュ障ってマジに人と話すだけでかなりの体力を使いますからね。本当に死ぬぞ。

 

みなさんもインターネットで人と話すとき、最低限のマナーと「その人が何が好きで何を嫌がっているのか」ということを意識してくださいね。ネットでこれが出来ない人はネットやめて友達とだけ付き合っててください。リアルで出来ないと「社会不適合者」になってしまいますよ。

インターネットでいきなりタメ口使うやつ、インターネットを二度と使うな。死にたくなければな。

嫌な話

おはようございます。僕です。嫌なことされると嫌ですよねって話です。

 

僕はコミュ障なので人にされたら嫌なことがたくさんあるんですけど、その中の一つが「話しかけられること」なんですよ。コミュ障の人ならわかると思いますが、シンプルに一番怖いことなんですよね。なのに現実にはこっちの気も知らないでズカズカこっちに踏み込んでくる人がいます。きっと心を化け物に支配されているので早急に精神病院に行くかぬ〜べ〜を呼ばなくてはなりませんね。

 

馬鹿は人の気持ちを考えない

めちゃくちゃ主語がでかい見出しになってしまいましたが、大体合ってるので何も訂正はいりませんね。

 

要するに人の気持ちを考えられないような奴は馬鹿だし、馬鹿は人の気持ちを考えてないんですよ。

僕は日頃ツイッターで「リプライはするな。してくる奴らは死ね」と言っているんですけど、何を勘違いしているのかそれにリプライを送ってくる馬鹿がいるんですよね。冗談で言ってることと本気で言っていることの区別もついてないんですよ。正直言って遺書で親と母校の先生に謝って自殺してほしい。

 

人が嫌がってるって公言してるのにわざとそれをしてくる人っていますよね。クラスで「僕◯◯が苦手で……」って言ったら毎日ちょいちょい嫌なことやってくる奴とか。大抵は面白半分でやってるらしいんですけど、こっちからしたら嫌なことこの上ないんです。「なんで嫌がるのにやってくるの?」と聞いたら多分ぶっ殺したくなるような回答が待ってるんですけど、それはどんな場所でも変わりませんよね。学校だろうとインターネットだろうと職場だろうと普段遊んでる公園だろうと。サイコパスしかいねぇのかよこの世の中。ポイズンかよ。

僕はTwitterで話しかけられることが苦手なんですけど、別に全てのリプライが憎いわけじゃないんです。いわゆる「ダル絡み」とかいうリア充だけストレスを感じないめちゃくちゃに鬱陶しい絡み方です。別に何の話題があるわけでもなく、「ひまー」だとか「かまって」だとかいうことを言ってくる絡み方です。思考回路どうなってんだよ。ひまだったら壁にでも話しかけてろよクソが。

これが苦手な僕の対処法は、「こいつはダル絡みしちゃダメなタイプのやつだ」と相手に覚えさせることです。めちゃくちゃ真面目に説教したり、「いかに嫌か」を説明したり、逆にあっちが「しつこい」と言ってくるまで誹謗中傷を送り続けたりしました。リアルだと大抵一発で黙るんですが、インターネットだと相手の顔が見えない分気が大きくなってやめないで煽ってくる輩がいますよね。そういった輩が一番厄介なので適当にブロックして相手の自尊心を適度に満たしてあげるか、連日誹謗中傷を送り続けて相手に「流石にウザい」と思われブロックされましょう。僕は後者の行為を続けて三人くらいにブロックされました。

 

「人が嫌がっている程度」

よくいますよね。「自分高いとこ怖くて〜ダメなんですよ〜」とか言っといて勧められたら普通についてってジェットコースター乗って「やっぱダメですわ〜」みたいなこという人。お前高いとこダメちゃうやんけ。

こういう「口ではそう言ってるけど実際そうでもない」って人はいますよね。僕は人が本気で苦手なので「話しかけるな」とTwitterで言ってるんですけど、多分上記のような人と勘違いされてリプライとか送ってくるんだと思います。単純に読解力がない人がこっちにくるんでしょうか。だとしたら義務教育の敗北じゃないですか?「人の気持ちを考えてみましょう」っていう国語の勉強が全て無に帰しているじゃないですか。頭足りてない人間が気軽にインターネットで人絡むな。殺されるぞ。

 

僕は以前某界隈のオフ会に誘われた時、前以て「大人数じゃなかったら行きます」と伝えていました。以前大人数のオフ会に参加した時全く喋れずに孤独で押しつぶされ帰った後泣きながら缶チューハイを煽っていました。僕はもうそのようなことになりたくなかったんです。

で、「今回は少人数だから」と言われてやってきたんですよ。そしたら僕を抜いて既に8人いました。どういうことだよ。少人数ちゃうんけ。と思ったら主催というかメインの人に「ごめんなさい、どうしても会いたくなって嘘ついちゃいました。てへへ」とのことでした。

多分上の「高いところダメ」みたいな感じで「人付き合いが苦手」というのをとられてしまったんでしょう。仕方がありません。彼もまさか僕が本気で「人が憎い」と言っているとは思わなかったんでしょう。他人が言っていることを100%理解するということは無理に等しいことです。誰だって間違いは起こします。でもその界隈でするオフ会には二度と行かないと誓いました。ふざけんなよ。

 

僕が人生の中で最も憎んでいると言っていいものは「疎外感」と「ぬか喜び」です。僕はこの二つをあの時同時に叩きつけられました。人の無邪気さは時に凶器となるのです。僕は次に約束を破られたらその場にいる全員に本気で怒ってもう二度と話すことはないと思いますが、僕は人間を信じたい楽観的な人間なので、「もうこんなことはないだろう」と思いながら日々を過ごしています。もしこんな辛いことに三度目があるとしたら、その日に僕は自殺します。こんな世の中間違ってるだろ。死んで詫びろよ。

 

人の嫌がることはやめろ

最後に本題にいくというプロのブロガーの方から刺されそうな暴挙ですが、愚痴が先走ってしまった僕を許してください。はい。許されました。今許されました。僕の昔からの親友である部屋に入って正面の壁くんに許してもらいました。ざまあみろ。

 

人はなぜ人の嫌がることをするのでしょうか。それは「ちょっとした悪意」だったり「そういうノリだと勘違い」だと思いますが、本気で「やめてください」と言っている人に対して嫌なことをやり続けるのはもう「人間としての倫理観が根本から欠如している」と言わざるを得ません。だってそうじゃないですか。幼稚園から全ての教育機関において教わる「道徳」は人生という道を歩んでいくための「地」にも等しいものです。その上を歩いているからこそ、人は人でいられるんです。

だというのに、道徳の授業や先生の言う事を適当に聞き流して生きてきた頭の足りない人間や人を甚振ることでしか快感を得られない社会不適合者は平気で「人の嫌がること」を人に対してやってきます。こういった人達が少年少女だけでなく大人にもいるってもう適応のための再教育とか言ってないで死刑にしたほうがいいんじゃないですか?そういった人達がいるせいでいじめを受けている子供たちは傷つき、自殺し、人の痛みを屁とも思ってない大人達が責任をなすりつけあっているんです。少年院とか言ってないでもう普通に「暴行罪」とかで裁いて懲役刑とかにしたらいいんじゃないですか?じゃなかったら死刑でいいでしょ。人の人生を邪魔しているということがどれだけの大罪なのか分からない人なんてもう死んでいいじゃないですか。

 

何の話かわからなくなってきましたが、とりあえず「人が嫌がっていることはやめろ」という話でした。

皆さんは陰湿にやられたら一度正攻法で抗議してください。そしてその抗議をどうでもいいようにされ続行されたら相手を上回る陰湿な方法で報復してください。「それをしたら相手と同じような存在になるぞ」と宣う輩は無視してください。そう言う奴らは「報復の意味」と「自分と相手の『行為の意味』の決定的な違い」がわかっていません。報復をしても絶対「同じような存在」になんかなりません。なので安心して報復をしてください。抗議をしてください。上に書いたような奴らの言葉に踊らされて攻撃を受け続ける必要なんかありません。耐え続けても死が待っているだけなんですから。

 

まあ僕も実体の無い相手に対して殺意を振りまいてる分まともな道徳観のある人間とは言い難いですけど、Twitterという閉鎖的な空間で一人地団駄を踏んでいるのに等しいことなので誰にも迷惑はかけてません。大丈夫です。壁くんもそう言ってます。終わりです。