箱とラジカセとぼく

思ったこととか思ったこととか書きます。くだらないことしか書いてないので気をつけて読んでください。記事に関する意見はTwitterでも受け付けてます。ID:@senedesumusu_

自制の話

オタクとして自制すべきところはしないとなって話です。

 

 

おはようございます。僕です。

 

最近、Vtuberもたくさん増えてきて面白くなっていますね。いろんな個性を持った方々が頑張って動画を投稿したり生配信をしていたりして、日々界隈が賑わってきているのを感じます。

 

それで、僕もあるVtuberの方にハマって、ある苦悩をしたのでちょっと考えてみました。

 

 

発端と僕の変化

僕はとあるVtuberの方にハマり、いろいろと調べているうちに「その人のファンが集う交流所」みたいなディスコードサーバーを発見し、早速入ってみました。

 

中にはそのVtuberのファンの人しかいないし、同じような人間しかいなかったので安心していました。

特徴的なのは、そのVtuber本人が降臨してファンと直接交流出来たり、要望を直接聞けたりすることで、かなり近い距離感で接することが出来ました。

本来であったらVtuberとかTwitterでリプライ返ってきたらスクショとってふぁぼRTした上で「やっぴ〜〜〜〜〜〜!!!!!」って気分になるもんですけど、返信率もかなり高く、「会いに行けるアイドル」って感じで初期のAKBみたいだなって思いました。

 

ディスコードにはVCもあり、Vtuberの方本人がやってきてマジで直接喋ることも可能でした。

さながら初めて握手会にきたオタクのように「どうしよ〜〜〜〜!!」とあわあわしていたのですが、聞いてくるうちに段々と慣れていき、ファンの方達と一緒にディスコードを楽しむようになりました。

 

それで、僕もインターネット芸人らしく常にウケを狙っていろいろとコメントを残してきました。Vtuberの方にもウケてもらったこともあり、めちゃくちゃ満足でした。

そこから僕は段々そのVtuberの方に認知してもらえるようになり、名指しでチャットを打たれたり、「配達員さん結構好きですよ」みたいなこと言われたりして「どっひゃ〜〜〜」とひっくり返っていたりしたのですが、そこから無自覚に僕の心境が変化してきました。

 

最初は「もっとウケるぞ〜〜〜!」と頑張って笑いをとろうと思っていたんですが、僕はチョロいオタクなので「結構好きですよ」という言葉を脳裏に刻まれ、「もっと好かれてェ!」と思うようになっていました。

しかしチョロいと同時に良識あるオタクでありたい僕はそういう思いを自覚した瞬間にそのVtuberの方の動画もコンテンツも見ないようにしました。見ると確実に「ガチ恋勢」として厄介なオタクになってしまうということをインターネットで学んでいたからです。

 

「このままだと『一人の人間として好かれたい』という思いが暴走して何をするかわからない」という恐怖が僕を支配していました。

僕はオタクとして推しにダセェことはしたくないし、インターネットは「人のふり見て我がふり直せ」が基本なので、僕はVtuberの方の声を聞くのも自重するようになりました。

 

そういう思いがあった頃、そのVtuberの方のディスコードも何故か過疎っていることが多くなったので、思い切って抜けることにしました。

そもそも、そんな「好かれたい」「でもそんなことを考えたらダメだ」という不安定な精神状態のオタクがファンたちと一緒の空間にいたら確実に「好かれたい」に天秤が偏ります。ファンが集う場所で「同担拒否」みたいなことし始めたら終わりだと思うし、そういうことを考えてしまう時点で「僕がいてはいけない場所なんだ」と思いました。

 

オタクはどう腹を切るべきか

そういうことでしばらくは距離を置いていた僕ですが、最近は少しずつ声を聞くようにしています。なんかリハビリみたいだなと思っていたんですが、そうではなく、「本当に大丈夫かな?」と自分をテストするために必要なんだなと気付きました。

僕が声を聞いても昔のように純粋に喜べるか自分をテストするようになってる時点でかなり終わってる感がありますね。僕はどうしてこうなってしまったんだろう。

 

でもオタクとして自分のけじめをつけられたのは大きな進歩だと思っています。僕なりの切腹です。

仮にもファンとVtuberの方の間にはマリアナ海溝より深い溝があり、バビロン遺跡より高く長い壁があるというのに、その中の一人である僕が「自分だけ好かれたい」と思うなど、愚の骨頂の最たるものですね。傍目から見てたら「死ねばいいのに」くらい思ってしまう。そういった思いはすべからく自重しなければならない。

 

実際のところ、Vtuberの方は個人的な僕をどうとも思っていないと思いますし、僕もそれを期待などしていません。前はちょっぴりあったかなと思いますけど、自制の結果「あるわけないな」という境地に達することが出来ました。切腹してよかった〜〜〜。

 

僕は「コンテンツから離れる」ということで自制を図りましたが、これが正しいことだったのかはよくわかりません。

人によって解決する方法はそれぞれあると思いますが、コミュ障で「人から離れる」という対処としかとってこなかった僕はこうするしかなかったんですが、他にベストな方法というものはあったんでしょうか。僕にはこれしか思いつきませんでした。

 

オタクは自分の心に気を配ってほしい

思ったんですけど、今回僕がこうして最悪の事態を予測して自制出来たのは、普段からインターネットにどっぷりなこともありますけど「自分の心境の変化を感じ取れたから」っていうのもあると思うんですよね。

 

最近って若いオタクの人や、まともに人と交流してこなかった結構な歳いってるはずのオタクの人が日夜インターネットで暴れていて辛いですが、彼らは意外と「自分の感情が今どうなっているか」を客観的に見られていないんです。

「自分がどういう気持ちでこれを言っているか」に無自覚になると、人間は横暴になり、自分が客観的に見てどんな姿をしているかわからないまま「自分が正義だ」と信じて疑わなくなります。醜すぎる……

 

ここで僕が言いたいのは、「僕を見習え!」みたいなことではなく「みんなを見習った結果僕はこの行動をとった」という例の一つということです。

先にも書きましたが、インターネットは基本的に「人のふり見て我がふり直せ」なので、Twitterで炎上している人をよく観察し、そのリプライをよく見て「考えの多様性」を脳に刻み込み、何か書き込む前に一瞬指を止めることが必要だと思うんですよね。僕が普段から女子中高生を殺したがってるのはこの際見逃してください。炎上覚悟の殺意です。

 

せめてこれを読んでいる方々に伝えたいのは、「自分の好きの感情が歪んできたら、オタクとして終わりを迎えるサインなので緊急回避してくれ」ということです。

最初に好きになったのはどこか、なんで好きになったのか、今はどんな「好き」なのかを暇なときでいいので考えてください。今の自分がどうなっているのか知ることが出来るかもしれません。

 

「良いオタク」を目指して頑張りましょう。

 

 

 

 

おわり