箱とラジカセとぼく

思ったこととか思ったこととか書きます。くだらないことしか書いてないので気をつけて読んでください。記事に関する意見はTwitterでも受け付けてます。ID:@senedesumusu

自由恋愛の話

恋って結構不安定なものだよなぁって話。

 

おはようございます。僕です。

 

綺麗なものだけで構築された世界に行ってみたいです。鮭の皮とか。

 

 

恋愛が何でできているのか考えてみよう!

平野レミの料理企画みたいなタイトルになってしまいました。

でも、これくらいポップなほうがいいよね。いいよね。

 

まず、恋愛ってなんなんでしょう。例によって辞書で調べてみました。

 

「恋愛」は「(おたがいに)恋(コイ)をして、愛を感じるようになること」と記す。

そのうち「恋」は「人を好きになって、会いたい、いつまでも そばにいたいと思う、満たされない気持ち(を持つこと)」

「愛」は「1 〈相手/ものごと〉をたいせつに思い、つくそうとする気持ち」「2 恋(コイ)を感じた相手を、たいせつに思う気持ち」

 

めっちゃくちゃピュア。ヤバイ

どんな少女漫画よりも辞書が一番キュンとさせてくれました。

 なんだ辞書お前、淡々としてる文系キャラかよ。乙女ゲーで一人はいる敬語のメガネのやつかよ。

 

でもひねくれた考え方の僕にとっては、恋愛は「自分の欲求を満たすために人を巻き込んだ自己満足」としか思えないんです。

 

どんなに人のことを思って尽くそうと考えても、それは結局「自分が幸せな気分になれるから」なのであって、「大切な人のことを思っている」というわけではないのでは?

と思ったわけです。心身ともに醜い。

 

とにかく、意識の根底にどんな思惑があろうと、「相手を求め、相手に尽くしたい」という感情が「恋愛」の正体なんだと思います。

 

 

 なぜか物が多くなっていく部屋とTシャツと私

 僕はやたら物を収集する癖があるんですが、なんでだろうと考えたわけですよ。

旅行に行ったときに買った都会じゃ買えない地域限定のデザインのペットボトルとか、もう使ってない前のスマホカバーとか、食べ終わったココアシガレットの空き箱とか。

自分でも「なんで捨てないの?」って思うものが部屋中にあるんですよ。おかげで僕の部屋はがらくたの巣窟みたいになってます。

テレビとかの特集で見るようなゴミ屋敷ではないですが、それでも「物が溢れかえってる」という状態です。

 

 なぜそこまで部屋に物が多くなっていくのかなーって考えてたんですけど、完全に「自分の物」になるからだと思いました。

 「物」というのは所有権が明確になっているものが多いです。

 自分で稼いだ金は自分の口座に振り込まれ、自分で引き出すことができます。

 自分で買ったものは「自分のもの」なんですよね。当たり前ですけど。

 

で、「人」はどうでしょう。

これまた当たり前の話なんですけど、「所有権」というものがないんです。

人間には「誰のもの」ということがないんですよ。

まあ乙女ゲーとか少女漫画で「ダーメ、こいつは俺んのだし!」みたいなセリフがありますが、あれはちょっと僕の理解を超えてるので置いときます。

 

これが僕を不安にさせる原因の一つだと思ってます。

めちゃくちゃ気持ち悪い理由だった……ヤバい……気持ち悪い……

 

要するに、「所有権」が存在しないということは、「いつどこへ消えようとそれを咎める権利はない」ってことなんですよ。

浮気をしようと誰と駆け落ちをしようとそれはその人の「権利」であり「自由」です。僕がとやかく言うことではない。その人の意思を尊重しないということは、その人そのものを根本から否定していることの他ありません。

と、僕はそう考えています。

 

「物」には明確な所有権があり、それを主張することができますが、「人」にはそれがない。

「物を収集する」という行動は「(人とは違い)それはちゃんと自分のものである」という確信を得たいがために行っている……?

ということです。こっわ自分。

 

 

「自由恋愛」ができない僕の言い分

僕が恋愛において大切ことは「信頼」「理解」だと思っていますが、僕はこういう性格をしているので結婚するまで心に安寧は訪れないんだろうなあと思います。

結婚は恋愛における「信頼」を形にして契約するものであり、それはすなわち不明瞭な「恋愛」というものを文面化し、浮気や駆け落ちをされた際の「権利や契約の侵害」を主張できるということです。

こんなんだからモテねぇんだよ。

 

でも、僕は決して人を徹頭徹尾信用しないとか、金を貸すたびにいちいち借用書を作って拇印を押させるとかそういう人ではありません。お婆ちゃんちの乾燥若芽に誓ってそう言えます。

むしろ言われたことは全部信じるし、冗談のつもりで言われた約束を守って「え!?あれ冗談だよ!?」とか言われたことが多々あります。病気じゃん?

そういう些細なことなら僕は全部流せるし、多少ひどいひっかけにかけられても「ナハハ、こいつぅ〜」って言って全力でデコピンする程度で許します。

 

でも恋愛だけはダメなんですよ。

恋愛感情がからむ約束を破られるとめちゃくちゃ怒ります。

僕は待ち合わせ場所に一時間遅れようが二時間遅れようが来るなら許しますが、待ち合わせ時刻を過ぎてドタキャンなんかしようもんならそりゃもう阿修羅かヒトラーの怨霊かってレベルで怒りますよ。チンチロリンでイカサマをされた岸辺露伴くらいの剣幕で怒ります。

 

多分そういう思考回路の根底には「不安」が敷かれてるんだと思います。

僕は自己否定感情が強いので、いつも不安で仕方ないです。

おまけに周りの人からは「浮気っていうのはいつされてるかわかんねぇからなぁ」「裏でどんなことしててもしれっとした顔してるからわかんねぇんだよなぁ」とかそういう話をよく聞くので、僕はますます人の「恋愛感情」というものを疑っています。

どんなことをしてあげようが、どんな思いを抱いていようが、所詮は「感情」です。諸行無常です。変わらないということはありえないんです。ただの公園の砂絵にすぎないんです。

 

具体的な解決案などない

僕がこういうことを友達に話してると「お前は考えを改めろ」みたいなことを言われるんですよ。無理だよ。

 

こういうのは克服しようと思ってできるものではないんです。人によって食べ物の好き嫌いもあるし、暑がりな人や寒がりな人がいる。そういうことと一緒なんですよ。

僕は人に対し恋愛感情の絡んだ「信頼」がおけないというのはそういうものなんです。

 

だからもう「お前は考え方を改めろ」みたいなことはツイッターで言うなよ。無理だから。「無理だと思ってるから無理」とかそういう話じゃないねぇから。理解しろ。

 

 

そう、人と関わる上で大切なことは「人に対する適度な理解」と「干渉しすぎない礼儀」です。

 

人が「苦手なんですぅ……」って言ってるのにズケズケ人の心に釘バット片手に乗り込んできて「無理だと思うから無理なんだよ!」「経験が浅いからそういうことを言うんだ!」とか、鬼畜の所業外道の極みとか言っても許されるレベルでしょ。

だから人間が嫌いなんだよ!!!「理解した気でいる奴」が一番タチが悪いんだ!!!!お前が死ぬことが社会貢献になるんだよ!!!!!あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!

 

とにかく、僕はそういう人間だし、僕みたいな人間も一定数いると思いますが、そういう人には「恋愛はいいものだぞぉ〜?」とか「彼女とか可愛くて仕方ないからさぁ、お前も彼女作れよ」とか言わないであげてください。

最悪の場合玄関のドアに張り紙とか立ちションとか宗教のチラシが大量投入されると思ってください。それくらい嫌です。

 

 

あとそういう反論をしたら「知らねえよ」とか返すやつ、お前は一生喋るな。人に説教を垂れるな。来世は1000円自販機になって「うっわw外れたw」「マジで当たり入ってのかよw」とバカにされ続けてその生涯を終えろ。

情けの話

責任を負いたくないなら優しくするなって話です。

 

おはようございます。日々が憂鬱です。僕です。

 

この間お昼の情報番組を見てたら、「増え続ける捨て猫の問題」ってテーマで討論してまして、「なぜ増え続けるか」って話をしてたんですよ。

専門家は「通りすがりの人が一時の感情に流されて餌をあげてしまう」ってことが原因の一端だって言ってたんですよね。

確かにひどいエゴだと思いましたよ。だって「あげた後のこと」を全く考えてないんですもん。

それで近隣の人が糞尿被害に遭っても知らんぷりですよ。

 

これ、人間にも同じ現象があると思うんですよね。

ていうかある。

 

童貞はなぜ勘違いして暴走しがちなのか

 

「童貞が勘違いしてきもーいw」とか言ってる◯◯の姫みたいな人、身の回りにいませんか?いなかった人は探してください

 

なぜそのような悲しい事象が起こってしまうか、少し考えてみましょう。

まず、なぜ童貞はその姫を好きになったのか。

 

そう、「期待を持たせるような行動をとったから」です。

約8割の童貞はこのパターンで事故ります。

2割のハードな童貞は勝手に勘違いし暴走しますが、こいつらは今回見なかったことにします。あいつらは死んだ。

 

(友達として)結構好きだよ」「へー!いいもの持ってるじゃん!どこで買ったか教えて!私も買う!」「◯◯くんの昔の話とか興味あるかもー!」とか言ってくるやつ、いませんか。

いたらそいつとは会話をしないか、会話するとしても「エアソフトガンの初速は何m/sまでだったか」とかを考えてればいいです。悪魔ですからあいつらは。

 

そんな言動の一つ一つが童貞を悪路へと落としていくんです。

今まで生きてきて一度も言われたことがないことを言われたんですよ。恋愛経験がなければ学習することもできない。こうなるのは当たり前のことなんですよ。

 

悲しい。悲しすぎる。なんでこんな悲しいことになるんだ。

 

 

無用な情けはかけるな

なぜこういうことになるのか、僕なりに思い出して考えてみました。

 

以前僕は交際経験の多い女友達に「なんでそんないっぱい彼氏が出来るの?」と聞いてみました。

そしたら彼女は「モテなさすぎて可哀想になってた人に優しくしてたらあっちが告白してきた」と答えました。百戦錬磨の童貞ハンターだったんだと思います。なんなんだこいつ。

 

要するに彼女は「可哀想で情けをかけてたら告白してきた」というわけです。

 

こっっっっっっっわ!!!!!!!

 

「お情け」で優しくされたというのに、それが自分だけに向けられた特別な感情であると信じ込み、告白までしているんです。

この女友達は気持ち悪がることなく交際していたのでまだいい方ですが、Twitterでよくみる恋愛のもつれは「勘違いしてきたwマジキモw」みたいな態度です。

残酷にもほどがある。

 

そういうドス黒い感情を誰でも持っているというのがさらに輪をかけて恐ろしいところですね。本当に怖いのは幽霊でも13日の金曜日に宿泊者を襲う殺人鬼でもなく、マックで喋っている女子高生です。

 

まだ恋愛っていう意味で情けをかけられて勘違いして暴走するっていうタイプなら「失恋しておしまい」ってオチがつきますが、これが「友達」って意味で勘違いをするとさらに深い穴に落ちて長い間うずくまることになります。

 

「何もない人」に「優しさ」を差し出すな

僕みたいな人に安い優しさを向けちゃいけないってことです。

 

通りすがりの人が捨て犬に二、三度餌をやるとどうなるか。

犬は「餌を待つ」ようになります。犬は「餌を求める」ようになります。

「自分は何も持ってない」と思ってる人に優しさを向けるのも同じことです。

 

その人は「優しさ」の味を噛み締め、「優しさ」を求めるようになります。

「もっと自分と話して」「もっと自分と笑って」「もっと自分を求めて」と際限なく欲望は膨らみ、その度に応えてしまうと「友達」に認定されるわけです。

 

中途半端な情を向け、その人を理解しないまま優しさを差し出し続けると大変なことになります。他の友好関係を壊されたり、自分のプライベートがなくなりかねません。

 

その人にとって「優しさをくれる人は友達」なわけです。

だから人はそれに依存してしまうんですね。「その人しかいない」わけですから。

何をするにも「友達」が気になってしまい、独占欲を燃やす。

優しさを差し向けた人は迷惑をこうむり、避けようとする。

さらにその人は「友達」を追いかける。負のループです。

 

そして限界がきて怒ると、「友達じゃなかったのか!」「なんであんなに優しくしてくれたんだ!」と逆ギレされ、泥沼へ入っていきます。

 

僕もいじめられてたことがあったのでわかるんですが、本当に「自分は世界で一人なんだ」と思うんですよ。誰も自分の気持ちをわかってくれない。理解しようともしない。

そんな時に声をかけてくれる人がいれば、もうそれにすがるしかないんです。

 

無責任な優しさは人を壊しかねない暴力になりえるんですよ。

義理を通すなら最後までやれ。

友達だと思うならちゃんと正してやれよ。頼むから。

 

情けをかけないのは「お互いのため」

僕がおおっぴらにこう言うと「お前には血も涙もないのか!このゴミクズ野郎!豚骨の出がらし以下の汚物が!!」という人もいると思います。

 

勘違いしないでほしい。僕は上記の通りの惨状を見たことがあるから言ってるんです。

ガチのノンフィクション。

人に倫理を説くなら人の黒い部分から目を背けるなということです。

何の関係もない何の責任もない人がとやかく言うのは本当にバカバカしいことなんですよ。だって本当に目の前であったことに対して非難しているわけではないんですから。

 

「優しさを向けられない可哀想な人」もいれば「下手な優しさを向けてしまったが故に大変な被害にあってしまった人」だっています。

結果、どっちも可哀想になっただけなんです。

 

頭ごなしに情に任せてガヤガヤ言う人は「下手な優しさを向けてしまう人」なのかもしれません。そんな人を見たら優しくスルーしてあげましょう。痛い目みろ。

 

 

 

とにかく、「体裁のために」「正義感のために」「可哀想だから」と孤独な人に下手な優しさを差し出さないでください。それは人を、友達をバカにしてるのと同じことです。わからない人は本屋さんで倫理の教科書とニーチェの本でも買って3周読んでください。

 

 

考え方の話

おはようございます。僕です。

 

「お前の中の常識を押し付けるな」って話です。

 

みなさん、自分の中で「自分だけの法則」とかルーティンとかありますよね?

 

僕はこういう法則が自分の中にあります。

 

こういう自分自身をハッピーに保つ法則があることをツイートしたわけです。

なんでこんな法則があるかというと、僕の頭がおかしいからです。

 

でも、フォロワーの「もっと向上心持って生きろよ」という大人な意見をいただきました。

うるせえ。

 

 

僕は幸せでいたいんです。たとえハードルが低かったとしても、それで幸福感を得ることができるんです。

 

でもどう幸せに生きようとしても湧いてくるのが「外野から自分の意見を言って満足して帰っていくやつ」です。

 

元々僕がこのブログを始めた理由は「僕のマジレスツイートをタイムラインに流し続けたら誰かが不快になる可能性がある」「僕の意見と合わない人と議論することになるかもしれない」「ていうかそんなくだらないことで喧嘩したくないし下手したらリアルファイト申し込みそう」だからです。

 

そうです。元々「クソみたいな外野にならないため」に始めました。

 

僕なりのハッピー

元々僕は「ハードルの低い幸せを望み、それすらない日はずっと不幸せな気持ちで1日を過ごす」ということを言いたいわけです。「毎日ハッピーに生きたいなあ」レベルの話なんですよ。

 

 なのに、「いや、向上心持って生きろよ。もっと大きな幸せをつかもうとしろよ」みたいなことを言ってなにになる。

もともとまともな思考回路を持ってない人に説教をかますな。

 

それに、幸せに貪欲なりすぎると逆に不幸になりかねないんですよ。

 前に書いた「報われる話」でも言いましたが、「幸せになるために努力し続けたとしても幸せになれる保証はない」ってことなんですよ。

 

senedesumusu.hatenablog.com

 

 

無責任に「努力して幸せになれるようにしろ」だなんて僕の心情を知らない人だから言えることなんです。

「現実が〜」と言ってるやつの言う「現実」はお前の中だけの「現実」だということを自覚してないんです。お前は現実という宗教をやってるだけなんだよ。

 薄っぺらい説教より10円の飴もらったほうがよっぽど幸せですよ。

 

「知らないくせに」っていう奴は何様なの?

 以前、「はるかぜちゃん」がすごい話題になりましたよね。

 

僕より年下なのに達観した人生観と価値感を持ち、圧倒的「正論」を言う女の子です。

 

そういう「子供なのにすごい大人」みたいな人には必ず

「いや、所詮ただの子供でしょ。言ってることに説得力ない(笑)」

「子供が社会を語るな」

「子供のくせに生意気」

「社会知ってから言おうね」などなど、「お前それ言ってて恥ずかしくならないの?」というような〝大人の説教〟が入ります。

 

一応言っておきますが、はるかぜちゃんは何ら間違ったことを言ってないし、「声優」「子役」という『仕事』をこなしています。立派に「社会」に出ています。

 

なんで社会に出ているにも関わらず人間の闇から目をそらし「そういうものなんだよ」で片付ける〝大人〟が、「それはおかしい」という〝子供〟を必死になって叩いているのでしょうか。

叩いているのは「自分に当てはまるところがある」からなんじゃないですか?

「大人としていい年してる自分よりまともなことを言ってる子供が許せない」からなんじゃないですか?

 

大人のいう「社会」ですら満足に生きられてないくせにブータレて文句言ってる人は子供以下の人です。老けた中学生みたいなやつが偉そうに踏ん反り返るな。気持ち悪いんだよ。

 

そういう「自称社会見てる大人」に限って「具体性のない説教」をします。

「社会に出たら通用しないんだよ!」みたいな。

通用しないってなんだよ。ワガママな大人が大量にいるからそういうことになってるんだろ。

ていうか「お前が未熟だから悪いんだ」みたいな言い方をするな。語弊があるだろ。

そもそもこのタイプの大人がいっぱいいるから「正しい思考回路を持つ人間が社会で通用しなくなってる」って言ったほうがいいんじゃないか。

 

気をつけたいのが、「偉そうに説教するやつの話はよく聞くと大した話じゃないし、説教をそのまま受け入れて社会に出ると言ってることと大違いでびっくりする」ってことです。

 

僕も昔先生から「そんなんじゃ社会では通用しないぞ」「苦労はきっと役に立つ」ってことを言われて社会に出ました。

でも高校の頃と変わらずにいても会社には馴染めましたし、会社でどれだけ苦労して働いてもクソみたいな給料でした。

時間返せ

 

自分の中の常識と世界観を大切にしよう!

とにかく、僕がこれで言いたかったのは「自分の中で大切にしている考え方や世界観を大切にして、自分で正しいと思ったことに従え」ってことです。

 

クソみたいな説教垂れる大人や、自身の生き方考え方を即座に否定してくるやつにろくなやつはいません。

どんな苦労をしようがどんな偉いことを成し遂げようが人間は人間です。

平等です。対等なんです。自分を下に見ている人間はただの勘違い野郎ですので適当に言ってること聞き流してりゃいいんです。

自分が苦労したって言う人間は大抵人の苦労に理解がないですから。

 

 

 

 

僕は僕を曲げないよ!